第10回
この件に関する人々が集まってきた頃から一抹の不安があったが、それがはっきりしてきた。
通訳の姿が見当たらないのだ。
一番来て欲しい人なのに。
デイブとグロリアに通訳が来ていないと告げると、
「証人への質問は私がするし、あなたは調書の内容だけ答えればいいから。」
と笑顔で答えた。
本当にそんなに簡単な話なのだろうか。でも通訳が来ていない以上やるしかない。
不安に駆られながらも法廷に入った。法廷は二重扉になっていて、 扉と扉の間には2畳程の余裕があり、コートにも待合室にも声が漏れないためここで、例えば
弁護士と被告などが裁判中に密談できるようになっている。
コートルームはちょうど大学の中規模の講義室のような感じだった。
正面の壇上にに裁判官の席、向かって左側に証人席、そして壇に対面して5人ほどが座れるであろう長テーブルと椅子が5列ほど。証人控えの席は両脇に5席づつあった。
最後に被告人席。被告人席のすぐ後ろが傍聴席だった。
検事は2名ですでに着席しており、我々が証人控え席に座ろうとしていると、被告のジョニーが弁護士とともに入ってきた。 全ての関係者が揃うと、廷吏は裁判官を呼びに言った。
裁判官が入場し、着席するまで我々は起立して待った。
裁判官は、初老の女性2名、男性1名の計3名だった。着席を許されると、廷吏が公判の開始を宣言した。
とうとう始まってしまった。通訳もなく、何も理解できないまま証言台に立たなければいけないのだろうか。
かえってこちらに不利になるのでは?しかしとにかく成り行きに従うしかない。
などと考えているうちにジョニーの弁護士が発言を求めた。コックニー訛りで背もそれほど高くなく、 腹も出ていて、ここで弁護士といわれなければパブで飲んだくれている親父にしか見えない。
ジョニーはこんな弁護士しか雇えなかったのか、国選かもしれない。
弁護士は裁判官、検事、廷吏となにか会話を交わし着席した。すると廷吏は我々に、法廷を出るように言った。 入廷して3分も経っていなく、訳もわからなかったがとりあえず証言はまだしなくても良さそうなのでほっとして外に出た。外に出ると日本人の女性が待っていた。待ちに待った通訳様だ。
我々は興奮気味に駆け寄り、自己紹介をして事件を簡単に説明した。日本語で話せるとは、なんてすばらしいことだろう。かなり心に余裕ができた。
通訳の方と雑談をしていると、法廷に残っていた警官のデイブが出てきた。なぜかかなり深刻そうな顔をしていた。
我々は彼に促されるまま、近くにあった小さいミーティングルームに入った。
ここで、なぜ我々が一度法廷を出なければならなかったか通訳を通して明らかにされた。
ミーティングルームは4畳ほどの広さにテーブル一つと椅子が4脚ほど置いてある、小さな面会室みたいな感じだった。
ここでデイブは真剣な顔をしながら話し始めた。
「せっかく集まってもらいましたが、今日はこれで解散になります。理由は…」
もう終わりか!あれだけ緊張したのはなんだったんだろう。しかしなぜ。
「理由は、ジョニーの弁護士が書類の不備を理由に裁判の延期を主張したためです。次回の日程は後日連絡します。」
あまりにもあっけない第一回目の公判だった。しかし裁判所の感じなのどがつかめ、次回はより落ち着いて対応できるような自信を得た。
|