英国体験記

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第17回
次の裁判はなんと2週間後だった。今までは一ヶ月ほど間隔があいていたが、双方ともこの辺で早くけりをつけたいと言うことだろう。また裁判官、裁判所費用、検事、証人への日当などは税金から支払われ、長引けば長引くほど莫大な費用がかかるため、圧力がかかっているのかも知れない。 その日も警官のデイブと調査員のマーク、ハウジングエージェントのキャリー、区職員のジェームスが来ていて、女性警官のグロリアはいなかった。私自信は証言が終わっていたのでかなり気楽だったが、パートナーを含めたの人たちはこれからなので緊張気味だった。
廊下の端のほうではジョニーと弁護士、証人として呼ばれたにやけたブリティッシュガスの男と階上に住んでいた男がいて、笑顔で話し込んでいた。その余裕は何処から来るのかいつも不思議だった。

最初の証人喚問は前回の続きでパートナーからだった。

「当日、庭から部屋の様子は伺えましたか?」

意表を突く質問だった。私の時にはされていない。パートナーもどう答えていいのか迷っている。

「カーテンは閉まっていましたか?お二人が中にいることがジョニーから確認できたと思いますか?」
「確かカーテンは閉まっていました。」
「と言うことは、ジョニーから二人が中に居るということは判らなかったわけですね。」
「マークとの電話で私たちが居ることはわかっていたと思います。」
「なぜ、あの日は晴れて天気もよかったのにカーテンを閉めていたんですか?」

「まだ朝起きてすぐだったからです。」
「彼はその朝3回電話をかけていますが出ませんでしたね。なぜですか?」
「電話があったことは知りません。」
「ここにBTの通信記録があります。この電話番号はあなたの家のものですよね。電話はなりませんでしたか?」
「わかりません。気づきませんでした。」
「電話には出ない、玄関は鍵がかかっていた、そして窓から中の様子をうかがうことができない。緊急事態の場合は窓ガラスを破って入るしか方法は無いですよね。」

また向うの弁護士の誘導が始まった。今回は又貸しよりも事件当日を重視しているようだ。しかし当日は決して良い天気ではなかった。警察を呼びにいったときは雨さえ降っていたのだ。
そして弁護士は例のでっち上げ話をした。

「〜それで彼は喘息の発作に見舞われどうしても窓ガラスを割って入らなければいけなかったのです。」
パートナーは絶句し、目を見開いて驚いた。

「そんなことは絶対にありえません。最初から私たちは主人と二人で住んでいたし、ジョニーが喘息ということも聞いたことがありません。」
「鍵が替えられていた、電話にも出なかった、窓から様子を伺うことはできなかった、これらは事実ですね。それではこれで証人喚問を終わります。」

懸命に答えたにも関わらず、やはり向うの弁護士に押し切られた形になってしまった。疲れ果てた顔で法廷から出て行った。



第18
次に調査員のマークが証人席に入った。
マークはイギリス人だし、仕事柄法廷は慣れっこだろうと思っていたが、こちらがわかるほど緊張していた。
やはり、日英問わず法廷に立つということは特別なことらしい。

マークはなぜあのフラットを訪問したか、そのときの様子はどうだったかなどを聞かれていた。
区から派遣され、又貸しを調査していたら案の定だった。それから鍵の変更などを指示して当日も現場に言ったことなどを話した。
ただ、弁護士の尋問はあまりしつこくなく、あっさりと終わってしまった。マーク自体の証言も結構あやふやだった。

次に呼ばれたのが我々にフラットを紹介したエージェントのキャリー。このエージェントのアルバイト男性が、なんと大家の姓も確かめずに、契約書にファーストネームだけでサインさせてしまったし(確かめなかった我々も我々だが)、事件後すぐに帰国してしまったので我々はジョニーとグルではないかと思っていた。
しかし彼女ははっきりと事実を述べ、彼と契約したこと、その証拠となる契約書等を提出した。事件後も誠意ある態度を見せてくれた。
これに対してジョニーとその弁護士は、このエージェントとは契約どころか全く知らないと主張していた。

検察側証人として最後に呼ばれたのは区の職員ジェームスだった。彼はなぜ調査員を派遣したかを聞かれると、まず近隣の住民から報告があったということ。
また以前にも何度かそういう話があったので調査することにしたということだった。見かけはコックニーの下町風であるが、しっかりした受け答えはやはり区の
上級職員であることが伺えた。実際彼は我々の拙い英語も努力して理解しようとしてくれていた。
彼の話によれば、以前も又貸しの疑惑があったが、当時ジョニーはカモフラージュで部屋をシェアする申請を区にしており、調査は区の財政にも負担がかかるのでその時はそのままにしたということだった。
今回もシェアの申請はあったが、密告があったらしい。

エージェントや区職員の証言はやはり信憑性があり、誰がどう見ても又貸しの色は濃厚だった。
しかし、依然としてジョニーと弁護士は相変わらず含み笑いで話をしていた。

ここで昼食になり、我々は全員で近くのレストランへ行った。皆証言を終え晴れ晴れとした顔で、またどんなことがあっても負けないだろうという雰囲気もあり楽しい昼食になった。警官のデイブは先に裁判所へ戻らなければならないといい、自分の分と、なんと私たち夫婦の分の金額を置いて出て行った。涙が出るくらい感激した。



第19回
裁判所へ戻ると被告側の証人喚問が始まった。まずはあのにやけたブリティッシュガスだった。
彼は白々しい笑顔を我々に向け証言台に立った。「クリミナルレコード(前科)がありますね。」
検事はいきなり切り出した。

「あれはかなり昔のことですし、今は反省してます。」

今まで検事ににはあまり良い印象は無かったが、この一撃は良かった。ジョニー側もそういう証人しか呼べなかったのか。まあこの裁判に被告側証人として出廷するということは、偽証しなければならないということで、やはり一般の人はちょっと考えてしまうだろう。

「あなたはkzk(夫)さんと遭ったことがありますか。」
「はい、よくジョニーと三人でサッカーを見ました。」
「その時kzk(妻)さんは一緒に居ましたか。」
「いえ、居ませんでした。ただ、たまに遊びに来ていました。」

ジョニーのシナリオに沿って妙に具体的に話し始めた。もちろん全て嘘である。
検事は我々に廊下に出ろと合図し、質問してきた。
「彼(ブリティッシュガス)にはあったことがあるのか?」
「いえ。一度もありません。」
「では家に入ったこともないですね。当時の部屋の特徴は?」
どうやら彼に、一緒にサッカー観戦したときの部屋の特徴を言わせようという作戦らしい。答えられなかったら一緒に居なかったということになる。
「キッチンに背を向けるようにソファがあり、その向かいにテレビ、テレビの上には木製の猿の人形と写真立てがありました。そうだ!その写真があります!」

我々は興奮気味に写真を見せると、
「これは証拠になる。それでは法廷に戻りましょう。」

法廷に戻ると彼は早速質問した。
「あの部屋にはよく行っていたそうですが、中はどのような感じでしたか?」
「えーと、窓際にテレビがあり、向かいにソファ、壁に日本的なものが掛かっていました。」
「日本的なものとはどういうものですか。」
「私は日本的なものには興味が無いので良くわかりません。東洋的な文字だか絵画みたいなものです。」

かなり適当で安直だ。日本人だから日本的なものか。だいたいそういうものを掛けたり貼ったりしたことは一度も無い。
次に検事は例の写真を手にして聞いた。
「テレビの上には何がありましたか?」
「覚えてないです。やはりなにか日本的な置物があったかもしれない。いずれにしろ興味が無いから覚えていない。」

ここで写真を裁判官に手渡すかと思ったが、検事はそうはしなかった。確かに写真を提示しても、ああそういえばこういうのがあったと言われればそれまでだったからかも知れない。
しかしこの検事は今ひとつ乗り気ではないような感じだ。以前も向うの矛盾を指摘したが、それを法廷で問いただすことはしなかったし、前回の裁判当日の朝、初めて資料に目を通したと言っていた。

向うのやり手の弁護士とこちらのやる気の無い検事で勝敗はかなり微妙になってきた。



第20回
次のジョニー側の証人は2階に住んでいた20代中ごろの男だった。
彼は調査員マークが来る2日ほど前にジョニーはいるかと訪ねてきていた。そのときは、まさかこんなことになるとは思わなかったので、ジョニーはここにはいないと言い、ジョニーの携帯の番号を教えた。その時すでに調査員が廻っている事を彼は知っていたのだ。

あまり気の進まない表情で証言台に立つ彼に検事は言った。

「クリミナルレコードがありますね。」

この男もか。

「それはかなり若いときで、今はまっとうに生活しています。」

これから彼がするであろう偽証は立派な犯罪行為で、世界的に有名な小説家であり政治家でもあったジェフリーアーチャーもこの頃偽証などで4年の実刑を受けていた。なぜそんなリスクを犯すのだろう。

彼は淡々とジョニーの弁護士によって作られたストーリーを繰り返すに終始した。ただ、のりのりのブリティッシュガスとは対照的に、かなりテンションは低く、言わされているという雰囲気を醸し出していた。

この証言の最中にいきなり携帯電話が鳴り響き裁判官がむっとした顔で辺りを見回した。鳴っていたのはジョニーの携帯だったが、彼はさりげなく止め、首を左右にふって自分ではないことをアピールしつつ、傍聴席に不満そうな顔を向けた。その効果かどうかわからないが、廷吏が傍聴席に来て携帯を切るように注意した。裁判官も傍聴席にいる我々を睨んでいる。心証を害したのは間違いない。

裁判は、ジョニー被告の証言と最終弁論を残すのみとなった。
ここまでで判断するに、判定微妙だった。契約書のサインが偽で、正式な契約が結ばれたことが決定的には証明できず、またでっち上げられたストーリーを否定する決定的な証拠も無い。ただこちらは、区の職員、調査員、不動産屋の社長が事実のみを証言し、裁判官に信用されるに足るものだといえた。少なくとも我々はそう考え、楽観的に見ていた。

ジョニーは廷吏に促されて静かに証言台に立った。今回の一連の法廷で始めて我々の前で口を開く。
彼は静かに、この法廷で何度も繰り返された作り話を完璧に、自身ありげに話した。

「すると、あなたはJKJ(夫)さんとのみ同居契約を結んだと言うことですね。」

検事はジョニーに質問を始めた。

「間違いありません。」
「どのようにしてKZKさんと知り合いましたか?」
「知り合いの日本人を通してです。」
「不動産屋を通してではないのですか?」
「いいえ。」
「ここに不動産屋が作成した賃貸契約書がありますが見覚えはありますか?」
「全くありません。」
「ここにはジョニーとサインがありますが、あなたのサインではないですか?」
「違います。」
「先ほどの不動産屋の社長の証言だと、あなたの出した条件はシェアではなかったと言うことですが。」
「一緒に住む契約だし、実際に一緒に住んでいた。」
「ではなぜガラスを割って入らなければならなかったんですか。」

ここでジョニーはいきなりキレだした。



第21回
「だから俺は騙されたんだ!俺はミスタージョニーではないし、そんな契約書も知らない。しばらく家を空けてたら勝手に鍵を替えられて締め出されたんだ!」

身をを乗り出して、顔を真っ赤にして、ものすごい剣幕だった。これは彼にとって不利なのではないか?と思えるくらいの凶暴性を剥き出しにして。裁判官はどう取るのだろうか。真剣に真実を訴えるあまり興奮していると取るのだろうか?

「彼らが鍵を替えたのは、区からの調査員に指示されてのことだったが、なぜ調査員はそのような指示を出さなければいけませんでしたか?」
「彼らが俺をはめようとして通報したからだろう!フラットを乗っ取ろうとしたんだ。」

実際彼はずっと私たちが通報したものだと思っていたらしい。迷惑な話だ。

その後はやはり弁護士に叩き込まれたであろうストーリーを崩さないように質問に応えた。裁判とは同じ話を繰り返させて、どちらが矛盾点が多いかを判定するという要素もあるかもしれない。

傍聴席にいる我々はみんな証言も終わっていて、楽観的な予測もあり、かなりリラックスした状態で、ジョンの発言に対して笑いさえ起こっていた。またその中の1人の携帯がけたたましく鳴り、裁判官に再度睨まれるということもあった。

ついにジョニーの弁護士の最終弁論に入った。異様に長く感じた、一連の裁判も終りに近づいている。彼は静かに話し始めた。

「ジョニーは温厚な性格で、今まで一度もトラブルを起こしたことがありません。今回の件は、被害者はジョニーのほうだと言えませんか?彼は法律に則って有利な条件でシェアのオファーをし、その証拠もあります。一方で原告側の提示した契約書は、全くでたらめな偽サインがしてあるだけです。原告側でも本物のジョニーのサインの入った原本を持っているのにも関わらず偽の契約書を作成してきました。」

ジョニー側が提示してきた契約書はコピーで、原本は私たちが持っていると言い張っていたが、前述の通り、契約書は通常原本を2通作りそれぞれが直筆のサインの入ったものを持っていなければいけない。前回これを指摘した際、次回持ってくると言っていたのにも関わらず、うやむやにするどころか同じ主張を繰り返している。

「シェアで月に£700と言うのも、キングスクロスと言う非常にセントラルなロケーションであれば、常識的な金額です。」

裁判官は名士で裕福な暮らしをしているだろう。恐らくフラットシェアの相場がいくらか全く知らないであろうことを見越しての発言だ。常識的な金額はその半分だ。

「彼が父親の看病でしばらく家を留守にしなければならなかった時、JKJさんの行動と言えば、フラットの鍵を無断で替え、電話にも一切応えず、違法に占拠することでした。あまりにもひどい。
事件当日も再三にわたるジョニーの電話に応えず、呼び鈴を鳴らしても居留守を使い、天気が良かったにも関わらず厳重にカーテンを締め中の様子が一切わからないようにしました。」

事件当日は、朝から天気は悪く、ジョニーが来た辺りでは雨も降っていた。忘れるはずもない。

「そこで彼は同居者の安否が心配になり、また同時に持病の喘息の発作に見舞われ、薬を得るために、庭から窓ガラスを割って浸入しなければならなかった。これはその状況に置かれたら誰でもとる行動です。」

一貫してジョニー側から繰り返し言われてきたストーリーの結末だ。これが本当だったら、我々はかなり悪人で、ジョニーは天使並みの善人になる。

やがて最終弁論が終り、裁判官は判決を出すために別室に引き上げていった。
時計は閉館時間をとっくに過ぎていたが、今日中に判決を出す意向のようだ。
我々は一度廊下に出て雑談をした。

とにかくやることはやった。あとは判決を待つのみ。



第22回
5号法廷、エクイラ事件の関係者は入廷してください。」最終弁論が終わって、30分くらい経っただろうか、突然廷吏が出てきて関係者を呼び出した。
とうとう来たか。これでジョニーは自分のしたことのつけを払うことになるだろう。
我々はやや緊張した面持ちで傍聴席に入った。中ではすでに被告人席にジョニー、判事席の前にその弁護士が居た。

廷吏は全ての人が揃ったのを確認すると、裁判官を呼びに行った。我々は起立して裁判官の入廷を見守った。

3名の裁判官が着席し、我々も着席すると、中央の裁判官が恭しく1枚の紙を持ち上げ、まるで賞状を読み上げるような仕草で判決を読み上げる。

このとき通訳のきょうこさんは帰宅しており、何が話されていたか定かではなかった。

「ジョニー=エクイラ事件の判決を言い渡します。
First complaint 〜                dismissed! 」

「えっ?」

傍聴席に走る驚きと緊張。何が起こっているのかわからない。

「Second complaint 〜              dismissed! 」

調査員マークの顔に驚きと落胆の色が。そしてざわめく傍聴席。

「Third 〜                    dismissed!

The court will decide these matters.」

次の瞬間、信じられないことに、満面の笑みを浮べたジョニーがこちらを向き、挑発するように踊っている。顔がまるで悪魔のようだ。
そして、ここで確信した。

我々は負けたのだ。dismissed = 却下だった。

あのジョニーの挑発は、今までの人生で一番の屈辱だった。
恐らく他の皆もそうだっただろう。

ストーリーが逆転した。大家に騙され、脅され、追い出された日本人が法廷でその非道を証明してもらう筋書きが、あろうことか、親孝行で病弱の青年が(外見と180度違う)、あくどい日本人に乗っ取られようとしていたフラットを取り戻した話になってしまった。
どんな嘘でも信じられれば事実。法廷闘争の恐ろしさを初めて、身をもって体験した。

ジョニーは弁護士と硬い握手をし、我々は正義の代表と言わんばかりの顔で颯爽と法廷を出て行った。


その後、我々は落胆と屈辱を感じながら、別室に集まった。
なぜか検事だけはしきりに興奮しOKを繰り返していた。
「大丈夫、我々は負けたわけではない。彼が又貸しをしていたことは信じられている。又貸しの違法性を問えば勝てるだろう。」

言っていることがわからなかった。その又貸しで争っていたのではなかったのか?
>今回の争点は、ジョニーがガラスを割って浸入してきたときに、我々を脅す、または傷つける意図があったかどうかであった。また区の持ち物であるフラットのガラスを割ったと言うことでの器物破損あった。
器物破損は先に認めていて、しかも£50くらい払えば終りと言うことだった。

ジョニー側が用意してきたシナリオに振り回され、事件当日よりも、契約や事件に至る経緯を必死に証明しようと頑張ってきたのはほとんど無駄であったのだ。我々は失意のうちに家路についた。



第23回(最終回)
後日聞いた話によると、刑事事件としての訴訟はこの裁判で終り、次に区が又貸しを告発したが、ジョニーたちは同じように完全に否認しているとのこと。

振り返るに、この事件はタイミングの悪さや無知から、起こるべくして起こったと言えるかもしれない。
カウンシルフラットの又貸しはこの国では日常茶飯事だ。ジョニーも先に一言、言ってくれていれば、状況は違っていただろう。

また調査員のマークの言う通りに鍵を替えて、警察に通報したのも早計だったかもしれない。これが結局ことを大きくしてしまった。

一つ気になってしょうがないのは、検事がジョニーの弁護士と度々談笑していたことだった。もともと知り合いらしかったが、今回の件は、他の英国の恐ろしい事件に比べると軽めで何らかの取引があったかもしれないと思ってしまうほど、やる気が感じられなかった。考えすぎかもしれないが。

実際、経済的なダメージはあったにせよ、実際に怪我も無く(怪我をしたのはジョニーだけ)大事に至らなかったのは不幸中の幸いだった。

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あれから1年半ほど経ち、今は良い?思い出となっています。あんなことがあってもそれが理由でイギリスが嫌になったことは無く、本当に親身になって助けてくれた多くの人々のお陰で乗り切れたと思うと感謝に耐えません。

またこの体験をホームページで公開することをご提案頂き、また実際に公開して頂いている玖保キリコ様、スタッフの皆様、そして、この長い、長い文章を最後まで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。また機会がありましたら(このような経験はもうたくさんですが)宜しくお願い致します。


KZK夫妻