キリコ雑記(profile/アトリエはこちら

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06/11/29(水)

NY日記 5

本日も息子が一番に起きました。で、夫が息子を連れて先に朝食に行き、私がそのあとを追ってあとで合流しました。
そのあと、地下鉄でごーっと下に降りて行き、フェリー乗り場へ行きました。
今日はスタッテン島経由でエリス島に行きます。
私はすでに見学済み(15年くらい前ですが)なのでどちらでもよかったのですが、夫も息子も自由の女神にあまり興味が無いようだったので、スタッテン島へは降りずにそのままエリス島に行きました。
ここには以前入国管理局があり、NYに向かった移民たちが最初に到着する所です。
1954年に廃止になりそのまま放っておかれていたそうですが、博物館として蘇り、
移民の歴史を知ることができます。
館内の順路はそのまま移民たちが進んだ順路となっていて、当時の様子がしのばれます。オーディオガイドもよくできていて(日本語もありました。 ラッキー)、当時子供だった移民(すでにかなりの高齢ですが)の人々の肉声も入っていて、臨場感もあります。
実はそんなに期待してなかったのですが、お薦めです。
そういえば、NYにラガーディアという空港があります。
英語の名前に聞こえないので「なんでだ〜?」と思っていたら、これって、ニューヨーク市長の名前なんですってね。
なんでも、このエリス島の移民局で通訳として働いていたラガーディアは移民の苦労を間近にみており、その後NY市長を三度も勤め、市民のために貢献したそうです。
それで、空港に名前がついたというわけでした。
てな、話もオーディオ・ガイドで初めて知りました。
そのあと、マンハッタンに戻り、チャイナタウンで飲茶を食べました。
かなり大きくて、香港の大衆飲茶レストランみたいな雰囲気。
中国系のお客さん率、かなり高かったです。(チャイナタウンだから当たり前か)
点心の大きさがちょっと大きめで私としては不満。(なんだか寿司飯のでかい寿司を食べたときと同じ感触と言えば分かっていただけるでしょうか??
大きさが大きいと、バリエーションをこなせないので頭にくるのであります。これって、私だけでしょ うか??ロンドンにヤウアチャというおしゃれな飲茶レストランがあるのですが、そこも、でかいので私はあまり気に入っていません)
しかし、激安でした。三人でたらふく食べてチップも入れて20ドル。ロンドンだったらドルをポンドに変えても無理です。(ポンドは今、230円くらい?ドルは118円ほど)
タイムズスクエアに戻って、何かミュージカルを見ようということになり、息子の強いリクエストで「グリンチ」のチケットを買いました。
そのあと、MOMAに行きました。
日本人の建築家による新しい建物は、吹き抜け部分がおもしろく、盛り上がるデザインです。時間があまりなかったのが残念で、気が着けば、見ようと思っていたマティスの「ダンス」という作品を見損ねていました。
再びタイムズスクエアに戻り、ミュージカルを見に行く前に早めの夕食を取りました。
私はスパゲティ・ボンゴレを食べてそこそこ満足したのですが、息子に味見を食べさせたら、「大丈夫だけど、ヒース・カフェの方がおいしい」
そ、そうなのです。息子に言われて、確かに!!と思ったのですが、うちの近所の公園の中にあるカフェテリア(カフェじゃなくて、トレイに食べ物を 取ってレジにいくカフェテリアです)はパスタの穴場で、ロンドンではめったに食べられないボンゴレがここにはあり、それにおいしいのです。おまけにカフェテリアだから安いし。プラス量も大きいので4拍子揃ったパスタ場(そんな言葉はあるのだろうか)です。
アメリカに来てなんだか食事に関して点が甘くなっている、と思ったのは、今まで食べたものの味に満足していないから??(友達の家の食事は別として)なんだか、まだ、おおお!というものには出会っていません。まあ、そんなに金もかけていませんが。
肝心の「グリンチ」、見事に失敗。超つまんなかったです。前にもミュージカルになったそうですが、そのときもあまりいい評判じゃなかったようです。映画は結構おもしろかったのに。
途中で寝てしまった私でありました。


行けなかった自由の女神


06/11/22(水)
NY日記 4

息子が3時半に起きました。
夫が本を読ませて待たせましたが、当然待切れず、仕方なしに夫は息子を連れて早朝の散歩に出かけました。
私はその間、ぐーすか寝てました。
私は7時半に起きてシャワーを浴びていると二人が帰って来ました。

ロックフェラー今日は朝食を外で食べ、ロックフェラー・センターとMOMAに行きましたが、MOMAはお休みでした。
お昼はラ・コロニアルというベトナム・レストランで食べ、生春巻きで幸せな気分。
そのあとはホテルに戻って休息しました。
疲れもありましたが、NY旅行前にすでに引いていた風邪で苦しんでいた私です。
休んだあと、NY市立図書館に行きました。ミッドタウンにあるので歩ける距離です。
ここはNYのお金持ちたちの寄付で立てられた図書館で、すばらしい建物です。
建物自体もすばらしいですが、展示などもあって、美術館感覚。
イスとかもきちんとしたイスです。北欧のヴェグナーのイスみたいなタイプ。
夜は「ブルー・フィン」というシーフードが充実しているというレストランに行きました。
私の頼んだものはモンクフィッシュだったのですが。マッシュポテトの上に牛を煮込んでばらばらに繊維がほぐれた状態の物がしいてあって、ひまひとつ、いまふたつ。
魚を頼んだのに、何故、肉もついて来なくちゃいけないのだ??しかも、あまりいい組み合わせとは思えません。
息子はキッズメニューでチキン・フィンガーとチップス(ポテトフライ)を取ったのですが、子供の物とは思えないほどの量。
量はともかく(アメリカだからとあきらめるとしても)、けっこう高いレストランなのに、とり肉が臭くておいしくなかったので、全く納得できませんでした。
かなり不満。


06/11/17(金)
NY日記 3

翌朝、息子は一番に起床。
お腹が減ったと大騒ぎするので、夫が先に彼を朝食に連れて行くことにし、私は少しあとで合流。
朝食の部屋は最上階。
ちょうど朝日が差し込んで眩しい時間帯。
実はここ、とある大学のクラブハウスで、その大学の卒業生や関係者の宿泊私設で、普通のホテルではありません。
夫はその大学主催の学会に出席するためにここに宿泊できたわけでが、宿泊を決めたあとに知ったことだが、「ドレス・コード」があったのです。
ジーンズ、スニーカー、短パン、Tシャツ、サンダル禁止、だと。
そのHPに記載された「ドレス・コード」を見てびびった私でありました。
なので、遅れて朝食に合流した初日は、気を使ってジーンズを避けたのでありました。(しかし、後日から気を抜いてはきましたが)
前日会った友達の御主人ヤンは国連の職員なので、本日はNY国連ビルの見学です。
昔来た時は入り口でセキュリティチェックを受けた記憶がありましたが、現在は入り口の前にプレハブのセキュリティチェックのスペースが作られ、そこを抜けたのちに建物に入るというシステムです。
やはり。9.11以降は厳しくなったとのことでした。
そういえば、国連ビルの向い側の道にはまるで客待ちのタクシーのようにパトカーが停まっておりました。
そして、館内の電話でヤンを呼び出して、案内してもらう時に写真付のIDを提示するように言われたのですが、パスポートなどは持ち歩いていなかったのでどうしよう〜とバッグの中を探ると、ロンドンの補習校のIDが見付かりました。
自分で名前を書いて、パソコンからコピー用紙にプリントアウトした写真を貼ったものです。
はさみで切ったので思いっきり曲がっています。
こんなんじゃ、IDとして当然ダメだよな〜と、ダメ元で出したら、それを先方が預かるということでOKでした。
本当にいいのか??国連。
国連安保理決議に使う会議室なども見せてもらい、息子はアナン事務総長の席で写真をとったりしましたが、悲しいことにぼけぼけでした。
おもしろかったのは、今NYはここかしこで禁煙。会社やパブリック・スペースではタバコを吸うのは不可能ですが、ここUN内の会議室には灰皿があるのです。
お国柄の違いでタバコ、OKの国もあるので、全て禁煙にはそろえられないのだそうです。
個人の建物ではないのにタバコを吸える所って、もしかしたらNY内でここだけかも。(って、大袈裟でしょうか)
日本は総額の11パーセントもお金を払っているのに、常任理事国にまだなれないという話を聞いて、うっきーと怒る私。
そして、各国が国連に寄贈したさまざまなものがあちこちに飾られているのでそれらも見学しました。
日本は「鐘」です。
カフェテリアでお昼を食べました。味はともかく、川沿いですばらしいロケーションです。
私はお寿司のパックを選びましたが、意外とおいしかったです。
その後、夫の従兄弟の住むブルックリンに行きました。
夫の従兄弟には4歳の娘がいるので、公園で子どもを放し飼いにして遊ばせ、イタリアン・レストランで早めの食事をしてクラブハウスに戻りました。


パトカー

会議室

灰皿



事務総長の席


06/11/15(水)
NY日記 2

というわけで、とっくにNYに着いているはずなのにまだイギリスにいる私と息子でありました。
さて、当日一番早いNY行きの飛行機をリクエストしたので7時半前には空港に着くため、5時半にモーニング・コールを頼みました。
当然起きてもまっくら。
睡眠時間はそう短くはなかったはずですが、何しろ前々日の夜なべと前日のばたばたで睡眠時間の割りにはあまり寝た気がしなかった私です。
前日、夫は学会の人々と食事をすることになっていたので、私たちが着くとき空港に出迎えには来れないであろうということでタクシーを予約してくれていました。
なので、そのタクシーのキャンセルもしなくてはならなかったし、予定の便に乗れなかったことを夫にも伝えなくてはいけなかったけれど、私が電話できる時間に向うは部屋にいないのがわかっていたのでそれもメッセージを残さねばいけなかったし、ふたつの国際電話でものすごーく面倒くさい気持ちになって疲れが倍増していたのと、何かの理由でわたしのメッセージが録音されておらず、夫にこの状況が伝わらなかったらどうしよう、という過剰な心配で頭がグルグルしておりました。(考え過ぎだったんだけど)
朝早すぎてまったく食欲がわかずゲロゲロな気分の私のそばで朝から食欲旺盛な息子。
若いってすばらしい。
朝もすぐ起きてくれたのでものすごく楽でした。
これが幼児期だったら起きないか、むずかるかでものすごく大変だったはずなのですが、今は意外と扱いが楽です。
朝食を食べてチェックアウトし、バスを待ちましたが外は真っ暗。
空港に着いてもまだ真っ暗でした。
冬はやはり寂しいです。
今度は無事にチェックインしました。
搭乗券を握りしめて搭乗ゲートを探すと、9時半出発のはずが11時に変更です。
だったらもっと寝ていたかった〜。
そして、再度NYの宿泊先に電話しました。今度は夫はもう部屋に戻っていますが、もう眠り込んでいる時間だったので、「そちらの深夜だと思うので、 夫は寝ているから起こしたくないのでメッセージを伝えて下さい」と便名、予定時間、空港の変更 (ニューアークがJFKになった)、この日会うことになっていた私の友人に連絡をとってほしいこと、などを伝えると、確認する間もなく電話が切れてしまいました。
不安〜。
そして、11時発の予定は実際には12時近くまでずれ込みました。
そして、本来昼の12時到着予定は午後二時半になったのでした。
しかし、空港に着くと夫が迎えに来てくれていて、その上、友達も車で来てくれていました。
彼女は日本人ですが私が日本を出る前にすでにジュネーブ、ラオス、パナマに住んでいて、実際会うのは15年ぶりです。
お互いに家族持ちになって、オランダ人のだんな様と9歳の娘と7歳の息子が一緒に迎えに来てくれました。
子供達は初め恥ずかしがってしんとしていましたが、そのうち慣れて仲良くなり遊び始めて、息子が時差ぼけで眠ってしまうのを助けてくれました。
私にしてもどうせ時間の調節で起きてなくてはいけないのなら楽しいことで時間を使った方がいいと思ったので、古い友人との再会のひとときはものすごく有効でした。
夕飯を御馳走になった上に宿泊先まで送ってもらい(特にこのへろへろ状態の中では)非常にありがたかったです。
旅先で友情が身にしみました。
車の中で子供達と大騒ぎをしていた息子、ベッドに寝かせたら数秒後にはもう寝ていました。はやっ。



06/11/10(金)
NY日記

今回のハーフターム(夏休み、冬休み、春休みの間の一週間ほどの学校のお休み)はNYでした。
NYには夫のいとこもいるし、私の友達も数人いるので、いつかは行きたいとは思いながらも、どうしても大人の街というイメージがあるので子連れで行くにはあまり選ぼうとは思わない所でした。
しかし、今回は夫が仕事でNYに行くので、せっかくだからそれに便乗しようということで、思いきってNY行きを決めました。
私はほぼ15年ぶり、夫と息子は初めてのNYです。
夫は学会に出席するため金曜日に出発し、私たちは翌日土曜日に出発ということにしました。
土曜日の補習校が終わってから夜の飛行機でNYに発ち、同日深夜にNY到着というスケジュールです。
補習校が終わるのが大体12時半、飛行機が飛ぶのが7時半なので、大丈夫かな、と思っていたのですが……..。
まず前日金曜日の夜、NYに行く前に終わらせるべく仕事が終わったのが午前三時(もう当日ですが)過ぎ。
仕事の合間に持って行く荷物をちょこちょことまとめてはいたのですが、スーツケースに詰めるまでの余力はなく、当日補習校から帰って来てからつめることにして、ベッ ドに倒れこんだのでした。
朝は頼んでおいたタクシーで、補習校へ。(送ってくれる夫がもうNYに行ってしまっているので)
帰りはバスで帰ろう〜と思っていたのですが、このバスが30分以上待ってもきやしねえ。学校から家まで三つのバスを乗りついで帰る予定だったので、 (補習校はどこの駅からも遠い陸の孤島なのです)ちょっといらいらしてきました。
うちに帰って昼飯を食べて荷物詰めをする時間が〜!!!焦りまくることしきり。
仕方がないので反対側の方向にいくバスに乗り別のルートで帰ることにしました。
別のルートだと、駅のある所まで行って地下鉄。そして、歩きかバスになります。
地下鉄の方が時間のロスは少ないし、と地下鉄に乗ったのですが、 いつも使ううちからの最寄り駅が何故かクローズ。
一つ先の駅に連れて行かれました。
一つ先の駅から出たら小雨まで降ってくるし、かなり挫けていたところへタクシーが来たので、迷わずゲット。
家に帰ったのは学校が終わってからすでに二時間経過の二時半。
大丈夫、まだまだ大丈夫と、自分に無理矢理言い聞かせ、即効でそうめんを作り、息子に食べさせ私も食べて、荷物をスーツケースに詰めつつ、お留守番の人のためにシーツやタオルを用意しつつ、部屋をざざっとお片付け。
その最中に義理の継母からの電話がありました。
義父の奥さんが私たちをパディントンまで送ってくれることになっていたのですが、その日ものすごく道が込んでいるので用心して早めに来てくれると言う電話でした。
義継母が着いた頃にはすでにパッキングも家の中も片付き、人心地。
少し早めに家を出ました。
しかし、どこかで工事しているせいか、途中で車がつまったので、義継母は方向を変え、別ルートでパディントンヘ。
パディントンからヒースローエクスプレスに乗ると15分ほどでヒースローです。
これがロンドン市内からヒースローへ行く時の一番の早道です。
義継母が早めに来てくれたおかげでかなり早く空港に着きました。
これで、すべてokと思ったのですが……。
カウンターはものすごい混雑で結局列に並んで自分の番になった時、着いてから1時間経過していました。
それでも、私は勘違いしていて7時半の飛行機を義継母に「7時」と言ってしまっていたので、カウンターに辿り着いた時は5時半ちょい過ぎの通常のチェックインタイムではありました。
なのに、私たちがチェックインしようとすると、「席がない」と言われ、別のカウンターに行くように言われ、そこへ行ったら係の人がどこかに電話して「親子二人分の席を作れるかしら?」とかなんとか聞いています。
そして、「すみませんが、席がないので、あっちのカウンターに行って、今日の宿の手配をしてもらってください」と言われてしまいました。
オーバーブッキングでした。
私と息子のチケットはどこかのエージェントを通して買ったのではなく直接飛行機会社から買っています。
なのに、何故??
それにめちゃくちゃチェックインに遅れたというわけでもないのに、何が明暗を分けたのでしょう??
実はその飛行機会社、オンラインチェックインというシステムが合って前日にオンラインでチェックインできるのですが、金曜日の夜にそれでチェックインしようとしたらうまくいかなかったのです。
その時点ですでに席が満杯になっていたのかも。
うううううう。
言われたカウンターに行き、指定のホテルを教えてもらい、そしてホテルに行くためのバスのバウチャーももらい、おわびとして18ヵ月有効のどの行き先でも可能という往復チケットをもらいました(ラッキー!!か?)。
お金も選べたのですが、どうせまた来年、日本に行くし、そのときの金額は提示された金額よりも高くなっている可能性もある、と働かない頭で一生懸命考え、チケットに決めました。
そして、私の前の人が無料で海外にかけられる無料の電話のバウチャーももらっていたのを見ていた私は、すかさず、「このスケジュールの遅れのためにNYにいる人、数人に連絡しないといけない」と主張して二人分(息子と私の分)のバウチャーをもらいました。
言わなければ多分くれなかったでしょう。
そして、翌日一番早い9時半の飛行機をリクエストしました。
私の前に手配を済ませた女性が「一緒にホテルに行きましょう」と誘ってくれたので私たちは一緒にホテルまで行きました。
インド系の女性ですが今はNYに住んでいて銀行で働いているとのことで、何か困ったことがあったら連絡するようにとNYの電話番号をもらいました。
ホテルに着いたら私の体力はもう限界でした。何しろ、飛行機の中で寝るように調整していたので。
食事をしたあと、速攻で泥のように眠りました。


06/11/5(日)
息子が毎週一回か通っている水泳教室の入っているスポーツ・センターは公営なのだが、そのスポーツ・センターの中にあるカフェはけっこう高い。
公営の建物の中にあるからさらに高く感じられるといううのもあるのだが、先日お持ち帰りでケーキを二つ買ったら、「5ポンドです」と笑顔で言われた。
チーズケーキとカスタード・タルトで1000円強!!
ここは青山か銀座か??
高い!!高いよ〜!!!
やっぱりロンドンの物価は高いよ〜!!
と泣きが入った。
実はあんまり買い物するときとか値段をチェックしないダメダメ主婦の私であるが、値段のショックを受けたのは最近ではこれで二度め。
その前は確か、ロンドンにオープンしたコム・デ・ギャルソンのショップの最上階のカフェでコーヒーを飲んだとき。
やっぱり銀座値段だと思った。(しかも量は日本サイズ)
ブランドの服や、高級レストランなどは最初から高いのが分かっていているのであまりショックは受けない。
私がショックを受けるのは五百〜千円レベルなのである。
猿だから。