キリコ雑記(profile/アトリエはこちら

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08/5/30(金)
アテネ日記 4

中央市場に行きました。タコやイカが多いのはさすがに地中海です。
このあとは、さらに歩いて国立考古学博物館へ。アテネは大体歩いてどこにでもいけます。
国立考古学博物官にはアガメムノンのマスクと呼ばれる黄金のマスクがあります。
アガメムノンはトロイア戦争に出てくるギリシア勢の総大将です。でも、発掘されたのちにいろいろ調べたらどうやらアガメムノンのものではないことが分りましたが、名前はまだアガメムノンのままです。

我が家が今回のギリシア旅行のために、各自それぞれトロイア戦争関係の本を読んで勉強して行きました。
このアガメムノンの家系はものすごくどろどろですさまじいです。
アガメムノンはトロイア戦争から帰ってくると自分の妻(クリュタ イムネストラ_彼女は元々トロイア戦争の元となった絶世の美女ヘレネの姉か妹。アガメムノンはヘレネの夫メラネーオスの兄か弟)と従兄弟のアイギストスに殺されます。そしてアガメムノンとクリュタイムネストラの息子オレステスが父の復讐のために、今度は自分の母と母の愛人を殺しますが、それ以前に、このアガメムノンの家系アトレウスが、昼メロなど爽やかに感じるくらい、これでもかというかどろどろ(カニバリズムあり、近親相姦あり)です。

話変わってこの国立考古学博物館は地下にカフェがあり、中庭があります。
中庭に彫刻類があるのですが、普通大理石の彫刻は後世に他の目的に使われて、実はあまりの残っていないそうです。
ここにある彫刻はどうやって現在に残ったかというと、難破船から引き上げられたということです。
御覧になると分ると思いますが、海の中で地面にのめり込んでいた部分はきれいに残っていて、水にさらされていた部分は劣化しています。
古代、彫刻を船で送ろうとしたときに、船が沈み、しかし、難破したことで一度は失われた彫刻そのものが、現在、よい保存状態でこうして博物館に残っている、ということがなんとも面白く感じます。





08/5/16(金)
アテネ日記 3

アクロポリスの入り口に入りましたが、パルテノン神殿ははるか上です。
まだまだ坂道を登らねばいけません。
入り口から近いディオニソスの劇場でひと休み。
息子のプライバシーのために顔にモザイクをかけ、私のちょっと余分なわきっぱらにもモザイクをかけてみました。
ヘロド・アティクス音学堂は修復工事中でしたが、ここで野外オペラなどが行なわれるとのこと。
夏の野外オペラ、いいですね。きっと格別でしょう。
坂道を登るだけで息切れする私ですが、こんなどでかいもの、クレ−ンもない時代にどうやって作ったのでしょう。
タイムマシーンがあれば、このアクロポリスを作る時に溯ってみてみたいものです。






08/5/8(木)
アテネじゃない番外日記

昨日怖い本を読んだら眠れなくなってしまいました。
「眠れない一族」という本なのですが、イタリアのある一族に伝わる病気と、狂牛病との関係を書いたものですが、その病気というのが、「50代を過ぎると不眠症になり、消耗して死に至る」という恐ろしい病気で、いまだ治療などは無し。その一家の病気の発生は18世紀に溯ります。
ふと、「そんな病気になったらいやだな。今日、このままその病気に突入してそのまま眠れなくなったりして」とか思っちゃったせいかどうかわかりませんが、本当に眠れなくなりました。(と言っても、数時間あせったのち、いつの間にか寝ていたのですが)怖かったです。


08/5/3(土)
アテネ日記 2

実はギリシャ、頭に浮かぶのは古代ギリシャのみ。
実際どんな国なのかイメージがあまり浮かびませんでした。
イタリア、スペイン、フランス、ドイツはしっかりイメージがあるのですが(たとえ間違っていても)、ギリシャと言えば、ギリシャ神話。
なんででしょうね。
ロンドンにはギリシャ料理店が結構いっぱいあるし、巨匠テオ・アンゲオプロスの映画だって見てるのに。
逆に古代ギリシャのイメージが強すぎるのかもしれません。
アテネは前回のオリンピックのときにメトロを作ったり道を整備したり、大変化を遂げたとのこと。
今回旅行したときは、ホテルもいっぱいあってチョイスもいろいろ、カフェもたんまり。私たち一家はリゾートホリデーよりも、美術館、博物館、遺跡見学をしたいので、座り心地のいいカフェがあることが必要です。
カジュアルなカフェからポッシュなカフェまでさまざまで、快適でした。
アテネに着いて一番先に向かったところは、古代アテナの中心のアクロポリスです。
ひときわ小高い丘の上にあるので、他の遺跡などを横目にぐるぐると通りを登って行きました。
メトロを掘ったときもぞろぞろと遺跡が出てくるので、観光客が発掘を見れるように、その脇に鋪道が作られています。
途中に駐車場があったのですが、どうやって車を出せばいいのか分らない状態。何かシステムがあるのでしょうか?みんないっせいに車を取りにくるとか??
これは小さい駐車場ですがセンターの大きい駐車場もこういう状態。
どんどん車を入れて行き、奥の車がでるスペースがないのです。
いったいどういうことになっているのか、ぜひ、ギリシャ人に聞いてみたいものです。
あるいは、知っている人がいたら教えて下さい。